THE ROLLING STONES

・関連DVDや本のレビュー

DANCE WITH THE DEVIL 悪魔と踊れ

Dancewiththedevil

スタンリー・ブース著。
ローリング・ストーンズ物語。

この伝記本はゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!の解説本で、
初めて知って取り寄せたのだが…。
すごかった…。
手にはいるストーンズ伝記本は(広辞苑並みに分厚い1冊をのぞいて)
ほとんど読んだつもりでいたのに、こんな本がまだあったなんて。

映画「ギミー・シェルター」
映画「コックサッカー・ブルース」
最近出た「ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト! 」のおまけDVD

上の3作を観た後なら、そのすごさがもっとわかる。
これらは70年代前後の一番豪華な時代に撮られたが、
この本には見覚えのある映像のシーンがいくつも出てくるのだ。
映像だけではわからなかった空気感や、
その前後の会話なども読むことができて、映像とあわせると
当時のアレコレがよーくわかる。

当時のストーンズには、得体の知れない人間が
ぞろぞろくっついていた。
映画監督や、ジャーナリスト、カメラマン、
そして、麻薬の売人や、メンバーに気に入られたグルーピーなど。
この本の作者は、この得体の知れない人間たちの1人だった。
ストーンズと共に、ツアーをまわり、ドラッグをやり、
裏の裏まで知り尽くしている人物なのだ。
だから、伝記本というと、とかく、
外からみたストーンズしか語られないが、
この本からは本当のストーンズの様子が伝わってくる。
オルタモントの悲劇(ストーンズコンサート中に起こった殺人事件)
前後の様子は克明に知ることができる。

特にミックファンなら必読でしょう。
ブースはミックと特に親しかったらしく、
ミックとのエピソードは多い。
キースが芸術家らしい名言を連発する一方で、
ミックといえばマスコミ向けの取り繕われた「お言葉」ばかりだが、
この本には、ミックが友達内でしか言わないようなことも書いてある。
ドキュメンタリー映像に使われているシーンの描写の正確さから推測しても、
ブースの描写力は正確だと思われるので、
本書の会話は脚色、創作なしのホンモノだろう。

将来は旅をしていろんな国に住みたい、とか。
俺たちはもうトシだよ。
ビル(ワイマン)なんかもう33だよ!とか。
誰かに「臭い!」と言われて「すまん、俺の足だ」とか。
昨日(飛行機の調子があやしかったから乗るのをやめた)
リトル・リチャードが俺を守るためによこした天使のことを忘れていたよ。
覚えてたら(飛行機が)大丈夫だってわかってたのに。
などなど…。
「お言葉」などではないホンモノの会話が、私としてはうれしい。

特におもしろかったエピソードはコレ。
マディソン・スクエア・ガーデンでのライブ直前。
赤いセーターに緑のズボンをはいたミックは、
ベッドに寝転がって天井を見つめて
「俺は着がえないぜ。このままで出る。」
サム(おそらくメイクさん)が優しく言う。
「着がえるんだよ。」
「いやだね。」とミック。
「わかってるんだよな。出番の5分前になったら
 そうだ着替えようって思うんだだよな。」
「思わないよ。」とミック。
その後5分もしないうちにミックは起き上がって
バスルームからライブ用の衣装に着替えて出てきた。

本書は、主観があまりでてこなくて、事実を羅列してあるので、
ストーンズのもつ空気感が最もよく表現されている伝記本だ。
音楽が好きで好きでたまらなくて、
なんとなくセッションがはじまってゆくけだるい空気や、
それぞれのパーソナリティのもつオーラまでが伝わってくる。
ワイマンとは親しくなかったのかあまり語られないが、
チャーリーの優しさがどういう優しさなのか会話から伝わるし、
キースの独特のフレンドリーさ(ドラッグを分かち合う精神)もよく伝わるし、
ミックの快活さや不安も伝わってくる。
この伝記本ならミックもキースもチャーリーも喜んだに違いないと思う。
だからこそ、ブースは中核に食い込んだ取材ができたのだろう。

数ある伝記本の中には、他のストーンズの取り巻きの書いた本、
トニー・サンチェスの「夜をぶっとばせ!」があるが、
こちらも小説としておすすめではあるが、
こちらは、極端な主観がはいりすぎているので、
もやもやとフラストレーションがたまった本だった。
「悪魔と踊れ」で、やっと満足のいく伝記本に出会ったように思う。

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ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!

Getyer

ストーンズのアイテムはブートもあわせると
すごい数でまわっている。
ファンが何を好んで、何を嫌がるのかも
もはや研究しつくされているのだろう。
今回でたゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!は、
ファン心理を熟知したかゆいところに手が届く内容。
特に、おまけでついていた未発表映像のDVDは、
久々に私を萌えさせてくれた。

私のおすすめはなんといってもProdigal Sonの映像。
この曲は椅子に座ったミックがキースのギターだけで歌う、
アンプラグド方式で披露されているのだが‥。

ギターのチューニングが気に入らないキース。
曲の途中でチューニングを合わせるのだが、
曲は中断せず、リズムだけはしっかり刻み続ける。
Prodigal Sonは2番と3番の間には長い間奏がある。
ミックがギターに合わせてノリノリでリズムをとる。
さぁ間奏あけて、いざ3番!と、ブレスを大きくとったところ、
なぜかキースがさっさと演奏を終えてしまうとこにご注目。
ミックが「あれ?」という顔でキースを見る。
キースとしてはこれ以上、チューニングがおかしな状態で
演奏を続けたくなかったのだろうが、ミックにしたら
せっかく3番をのりのりで歌おうとしたのにぃ、と
ちょっとかわいそうな感じ。
この映像に私、萌えました!

まぁこのProdigal Sonのハプニングは、
Youtubeの奥にこっそりアップされていたことがあるので、
見るのは初めてではなかったんだけど、
今回は、初めて見る映像もはいっていた。
それは、なんと、殺人事件が起こったライブ会場、
すなわちオルタモント、へ向かう、
ヘリコプターを待つミックたちのカラー映像あり!

若者たちが、暇をもてあましているだけの映像なのだが、
あの、殺気に満ちたライブ会場へ向かう前は、
こんなにも平和なムードだったのか!と思う。
オルタモントのライブ会場へ着いたら、
ヘリから降りてすぐ、ミックはファンに殴られるのに…。
そうとも知らず、ミックは、カメラテストと称して、
女の子にチューして遊んでいるという…。
オルタモントの悲劇が、映画じゃなくて、
本当に起こったことだ、というのが、
この平和な映像から、ひしひしと伝わってきた。

↓Prodigal Sonの曲終わりの様子

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LET IT BLEED 40YEARS OF ROLLING STONES VISUAL HISTORY 1962-2002

Letitbleeddvd

これは…凄かった!凄かったよ!
ストーンズデビュー40周年を記念して
ヨーロッパで放送された3時間スペシャル。
1962年〜2002年までをすごいメンツのインタビューで綴ってある。
伝記本で読んで名前だけ知ってた人がじゃんじゃん登場!
見る伝記本といってもいいぐらいの決定版だ。

ストーンズ結成前に、ミックを自分のバンドで
歌わせてあげたアレクシス・コーナーとか、
ストーンズがブレイクするきっかけになったクラブ
クロウダディ(クラブ)のオーナー、ジョルジオ・ゴメルスキーとか、
ブライアンの2番目の彼女だったリンダさんとか、
初期ストーンズ専門カメラマンだったマンコヴィッツとか、
黒魔術に傾倒しミックも仲間にいれようとしてたケネス・アンガーとか、
ミック&キース&ブライアンが住んでいたアパートのおとなりさんとか、
伝説のグルーピー(今はケバいおばさん)とか、
インタビューをとってくる人物がいちいちツボを得た人選なのだ。
もちろん、メンバー本人のインタビューやPV、ライブ映像も
随所にちりばめてあるし、私の好きなマリアンヌ(ミックの元彼女)とか、
アニタ(キースの元彼女)のインタビューもあり!
他にも有名どころとしては、ポール・マッカートニーとか。
至れり尽くせり!

そして、どこから見つけてきたのかレアな映像の数々。
前から見たいと思っていた、ミックのテレビ初出演の映像まであった。
ミックのテレビデビューは、ストーンズとしてではなく、
実は、幼少の頃だったって知ってました?
お父さんが体育教師だった縁で、体育番組に出演したことがあるのだ。
山登りをしている少年ミックが見れる。
ショートカットで、いいとこの子みたいな雰囲気。
この時のことを語るミックのお父さんまで登場する。

ブライアンがあちこちで子供を作ったのは有名だが、
自分の子の夫はブライアンの子だといいはる女性が、
テレビ出演してそれを訴えている映像もあった。
わざわざその子をブライアンと全く同じ髪型にして、
「私を愛して、捨てた」といういかにもなタイトルで出演。
子供の顔がブライアンそっくりで、
これじゃブライアンも否定できないわな、と
にやにやしてしまった。

このDVDは音楽雑誌の編集の人やストーンズの元PR担当、
ストーンズの伝記本作家のインタビューが一番多いのだけど、
一番最後に伝記本作家が、突然キレて、怒鳴りだして、
ファックファック連発して、びっくりした。
狂ったかと思った。
なんだろ、あれ。アメリカンジョークかな?小芝居かな?
まぁともかく素晴らしいドキュメンタリーだった。
内容がわからなかったことをのぞけば…。




そうなのです!



これもまた日本語字幕無しなのでした。
悲しい。
まるで、蛇の生殺しですわ。
こんなにおもしろそうなDVDの内容が
ほとんど理解できないなんて。

日本の子供たちよ。
数学とかはどーでもいいから、英語だけは学んでおけ。
あとで絶対後悔するから。

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永遠の反逆児ミック・ジャガー/ミック・ジャガー語録

Mickgoroku Mickhangyaku
永遠の反逆児ミック・ジャガーは文庫だが
ミック・ジャガー語録は大判本。
文庫のほうに写真が少ないだけで、
中身は同じだと発覚!
知らずに両方買っちゃった!

ストーンズと自伝について。
ワイマンは一番のりで長編の自伝を出し、
ロニーもつい最近満を持して自伝を出し、
キースは自伝を鋭意執筆中といわれ、
ミック・テイラーは、ストーンズだった期間が短すぎて、
自伝などとんでもないと思っていそうであり、
チャーリーは自己顕示欲がまったくなさそうであり。
そんな中、お金に鼻がきき、誰よりも自己顕示欲があって、
自伝を真っ先に書きそうなミック・ジャガーが、
なぜ自伝を出さないのか、と不思議に思うわけで。

何かのインタビューで、自伝を書こうとすると、
その時代のことを深くほりすぎてしまって、
収拾がつかないんだ、と言っていた。
完璧主義のミックならありそうなことだが、
私は別の理由もあると思っている。
とかく60〜70年代のミュージシャンは、
ドラッグのせいで、そのあたりの記憶が
飛んでいる人が多いらしい。
エリック・クラプトンもそう言っていた。
ミックが自伝を書かないのは、
そっちの理由もあるのではないかと思う。
そして2008年には自伝を書くつもりはないと宣言した。
出版社にも契約金を返納してしまったとか。
ってことは、自伝本を書こうとはしていたが、
やめたってことだ。

ドラッグに耽らず、メモ魔だったワイマンの自伝本、
ストーン・アローン は理路整然としていたが、
いまだに酒の依存症でもあるロニーの自伝本、
俺と仲間 は思い出の箇条書きのようで、
時代も前後しているようだった。
キースが自伝本を書いているというが、
最もジャンキーだったキースが
どういう自伝本を書くのか、とても楽しみである。
キースも相当記憶が曖昧で苦労しているらしいが、
伝記作家と組んでいるそうだ。

BARKSのニュース記事
キース、伝記を書くにも昔のことが思い出せず

前置きが長くなったが、この本についても少し。
これは永遠の反逆児ミック様がマスコミに語った
お言葉がそのまま並べてあるありがたぁい本だ。
82年初版発行と書いてあるので、
そのぐらいまでのお言葉しかないけれど、
本人発信の自伝本とみてもいいだろう。
年代別に並んでいるのではなく、
音楽業界、ロックン・ロール、映画、
セックス、女、結婚、子供、ドラッグ、金‥等々
カテゴリーわけしてあって読みやすい。

ただ、特に印象に残ったお言葉はなく。
大体が何かで読んだことばかりだった。
伝記作家や、伝記本の編集者たちは、
他のソースからこの本に書かれている言葉を
参照したりしているのだろう。

最近、私が心待ちにしてるのが
来月発売の69年のライブアルバム
Get Yer Ya-Ya's Outのリマスターなのだが、
そのことについておもしろいことが書いてあった。

本書から
ー僕たちがライブ・アルバムを出すことにしたのは、
そうでもしないとまた誰かが海賊版を出しかねないからなんだ。
こっちのレコードの方が音はずっといいだろうし、安いから、
もう海賊版を買う必要もなくなるだろう。
〜中略〜
あのアルバムで僕が気に入ってるのは
「ミッドナイト・テンプラー」だけだ。スタジオ盤よりずっといいよ。

文庫本のほうが初版本で誤植のままで、
ランブラーがテンプラーになっていたので
ちょっとふいてしまったが、
私がおもしろいと思ったのはそこではなくて、
ミックがこのライブアルバムでは、
ミッドナイト・ランブラーしか気に入ってないらしいというとこ。
でも、確かに、ミッドナイト・ランブラーはCDの音より、
ライブのほうが断然いい!

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LIVE IN EUROPE 1970

Liveineurope
これまた、かなりのマニア向け。

70年のミラノでのライブが少し。
こちらは、シンクしてないけど、一応、
同一公演の音と映像。
それと、70年、ウィーン、エッセン、ベルリンの
3公演をつぎはぎした映像に、
フランクフルトのライブ音を流した映像。

つまり、それ単体だとどうってことない素材を、
必死で商品にしようとした涙ぐましい努力の後がある。
未公開の発掘映像らしいけど、こんなんじゃなぁ…。
どうみてもとほほレベルのDVDです。

が!

ボーナスではいっていたほんの数分の映像は、
(私とっては)大いに見る価値があった。
これは、アニタ・パレンバーグが出演している
69年イタリア映画「Umano non Umano」の中のシーンだとかで、
ミックが、Street Fighting Manに合わせて、
体操みたいなことを延々とやる映像と、
キースが、アナログシンセを延々といじる映像が見れる。
これは貴重です。

この映画の断片が、youtubeにあがっていたので
さっそくどんな映画だろうかと見てみたところ、
画商が延々と本を読んでいたり、海辺を男が延々と散歩してたり、
男女がベットでくつろいでいるのを延々と映してみたり…で、
多分、何もかも延々としていて退屈な映画なのだろうと思った。
監督は、映画監督を仕事にしているというわけではなく、
ポストモダンのアーティストらしいので、
映画も、アンディ・ウォーホール的な表現活動のひとつだったのだろう。
ストーリーもなさそうなので、ミックの体操や、キースのお遊びが
突然挿入されたとしてもおかしくない映画だった。

"おかあさんといっしょ"の体操のお兄さんみたいな
Street Fighting Manはとってもおかしい。
こんな動きをするミック・ジャガーは、知られてないに違いない。
ライブでこの曲を歌う時には、バラの花びらを巻いたり、
水をかぶったり、クルクル回ったり、狂ったようにはしゃぐのに、
こちらのバージョンは、上着のポケットに手をつっこんで、
めんどくさそうにいったり来たり行進し、
時に、スローモーションのように動いてみたり、
固定カメラの前から消えてみたり、あらわれてみたり。
一応、歌詞の内容に合った動きをしているようで、
「眠たいロンドン」のところではねんねしてる仕草。
もう、ほんと、体操のお兄さんにしか見えないって。

そして、キースのシンセいじり。
タバコ片手に、手慣れた感じでいじっている。
昔のアナログシンセには穴がたくさんあいていて、
シールドをつなぎかえて音を作っていたものだが、
これは、わかっていじってる感じではない。
適当なのは間違いないだろう。
でもかっこいいんだよなぁ!
バックに流れるアナログシンセの未来っぽい音も手伝って、
科学者や技術者のようにも見えてしまう。

そういえば、映画「パフォーマンス」に、
ミックがこんなアナログシンセをいじるシーンがあった。
この映画のサントラ用に、ミックは、
シンセを使った曲を作る予定だったらしいが、
使い方がわからなくて、断念したそうだ。

ブライアン・ジョーンズは、
A Degree of Murderのサントラの中で、
アナログシンセを使った曲を作っている。
アナログシンセの専門プレイヤーを雇っただけなのか、
それとも、やはり、シンセを真っ先に制したのは
楽器を何でも扱えると評判のブライアンだったのか?

youtubeにもあった!↓
Street Fighting Man:体操のお兄さんバージョン

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WEMBLEY EMPIRE POOL 1973

Empirepool

73年ヨーロッパツアーより、WEMBLEY EMPIRE POOLでの
セカンドショーを記録した映像など。

こういうのを見ている自分が、なんだか悲しくなる今日この頃。
映像は劣悪、音は会場で録った音でボワンボワン。
そして音と映像のシンクが不完全、音が全くはいってない部分もあり。
でも、ちょっとでも、音とシンクしたカラーの鮮明な映像があると
すごくもうけた気分になってしまう自分がいる。
飢えた自分の浅ましさに、悲しくなるのだ。

でも、それだけ73年は私にとって最も魅力的な時代であり、
少しでも見たことのない映像があるならば、と
ついついブートを買ってしまうのであります。
73年幻想の根拠は「Ladies and Gentlemen」という
73年もののライブ映像があまりに素晴らしいから。
もちろん、このライブは既に何度も繰り返し見ているが、
このライブをレビューするのは恐れ多いし、
もったいないしで、未だにここでも紹介していない。
いずれ、心の準備ができたら…。

このDVDで目新しいと思った箇所は特になく、
Midnight Ramblerでステージとファックするミックが見れるぐらいか…。
いや、でもこのシーンは見たことがあるような気がする。
このDVDは、映像よりは音のほうに価値があるDVDだった。
音は実際にウェンブリーライブから録ったものかは謎だが、
わりといい状態で聞ける箇所がいくつかあった。
ヘッドホンで聞くと、ミック・テイラーのギターの音がご機嫌だ。
Street Fighting Manなんか特にいい。

さて、今回のボーナス映像はこちら。
The Old Grey Whitsle Testという番組での
ミック・ジャガーのインタビュー。
山羊の頭のスープのプロモーションだったようで、
Silver TrainとDancing with Mr.DのPVもあり。
サングラスにストライプ柄のスーツできめたミックが、
リラックスした様子でインタビューに答えている。
内容は、ほぼビジネス的なこと。
財政や予算の話とか、印税の話とか、権利の問題で
ライブアルバムが出せなかったことについて、などなど。

ミックは、昔所属していたデッカと
元マネージャー、アラン・クラインには、
犬の糞をぶつけたくなる、と語っている。
デッカとアラン・クラインは、ストーンズの
初期の曲の録音権を持っているため、
ライブで新しい曲と古い曲を混ぜて演奏したものを
レコード化する時には、権利関係で問題になるらしい。
彼らの権利はいつまで続くんですか?と聞かれ、
「まだまだずっと先の話さ。連中が墓場に行くまでじゃないかな?」
と答えている。

そのアラン・クラインが、今年の7月、墓場へ行った。
それは可哀想なことだと思うのだが、
ストーンズの出版物にとっては、
今後、何かいいことがあるのかもしれない。
彼は敏腕マネージャーだったようだが、強引な手法で知られ、
ビートルズを解散させたのも彼だったそうだ。
ビートルズの出版物にとっても、いいことがありそうだ。

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THE ROLLING STONES THE BRIAN JONES YEARS

Brian_era
ザ・ローリング・ストーンズ
ザ・ブライアン・ジョーンズ・イヤーズ

2枚組DVD。
例によって、ストーンズ周辺の人々がストーンズを語るやつ。
フル画面で曲が丸ごと聞けることがないのもお約束。
1963-1965、1966-1969のブライアンがいた頃のシングルを、
順を追ってたどってゆくカタログ的なDVD。

残念だ。字幕がない。
英語は大事だ、と、英語教師の父にいわれて育ったが、
こんなところでその言葉が身にしみてくるとは!
英語がわかる人にとっては、ボリュームもたっぷりだし、
もしかしたら見応えがあるのかもしれない。
何か目新しい話も聞けたのかもしれない。

「ブライアン時代」ということでくくられているが、
特に、ブライアンのことばかり語られているわけではないようだ。
ブライアンの冠がついていたほうが売れるのだろう。
とかく、死んだミュージシャンばかりが伝説となり、
かっこよく見えることについて、今、
現役の老舗ロッカーたちはどう思っているのか。

エリック・クラプトンは死にたがっていた。

ー酒とドラッグは僕みたいな生き方には必要だと思っていた。
〜中略〜ジミ・ヘンドリックスやフレディー・キングが
逝ってしまうたびに、僕は「俺なら良かったのに」って思ってた。
本当に悩んだし、頭にもきたよ。
でもそれってすごく自分勝手な見方なんだよな。〜中略〜
たぶんこうなったのは運命なんだろうと思ってる。(SIGHTの記事より)

やっぱりそうなんだー!
死んでいった伝説のミュ−ジシャンが、
もし生き続けて老いてまだ音楽をやっていたとしたら、
長い年月の間に何か失敗をやらかして人気が落ちるか、
忘れ去られるか、あの人は今みたいな番組に出るか…で
どんどん格が下がる人もいるだろうと思う。
ところが、死んだことで、ラップで保存してるみたいに、
一番輝いていた時だけをいつもとりあげてもらえるのだ。
それがまた、ドラッグやるのはかっこいい、
みたいな思想を促進してしまっているのだろう。

一方で、キースの見解はこうだ。

ーミュージシャンにはドラッグに密接した
ライフスタイルが必要なんだって思っちゃいないよ。
〜中略〜そこにドラッグがあるからやってみたい、
エベレストに登る気持ちと同じだね〜中略〜
ロック・スターが死ぬと、何やらロマンチックに色づけされる。
でも事実はもっとあさましいもんだぜ。〜中略〜
もしかすると、奴らはみんな名前にJとIの文字が入っていたから
かもしれないな。ブライアン・ジョーンズ、ジム・モリスン、
ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス……
ミック・ジャガー!(ローリング・ストーンズ語録より)

…だそうで。
ミックはピンピンしてるんすけど。

生きてるほうがいろいろ大変だ。
でも、他殺だろうが事故だろうがジ・エンドは何も生まない。
ファンならば、白髪になろうが手がふるえようが、
生きたライブを見せ続けてもらいたいと願う。
特に私なんか、まだ一度もストーンズのホンモノ、
みたことないんだから!

ブライアンが生きていたとしたら、今、どんな存在なのか。
今のストーンズほど輝いていられただろうか。

こちら、ジミ・ヘンバックにブライアンが歌っているのではないかとされる音源↓

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LIVE AID

Liveaid

日本にもやっと浸透してきた80年代ブーム。
そしてビートルズのリマスターブーム。
そのどちらにもひっかからないストーンズ。
ビジネスマン、ミック・ジャガー氏の心中お察しします。

80年代半ばに音楽を聞き始めた私には、
ストーンズの記憶がほとんどない。
でもミック・ジャガーの名だけ知っていた。
これは本当に80年代にストーンズがいなくて、
ミックがちょっといた、という状況が
そのまんま私の知識の偏りに影響しているようだ。

そんな80年代のストーンズの事情が
よくわかるのが、この、85年のLIVE AID。
ミックがソロで出演する一方で、
キースとロニーはボブ・ディランと出演。
ローリング・ストーンズとしてのステージはナシ。
うんうん、この時、喧嘩してたんだもんね、うんうん。

LIVE AIDの成り立ちについては省くが、このライブは
アメリカ会場とイギリス会場から世界中にライブ中継された。
イギリス会場で圧倒的に素晴らしかったのはクイーン。
これはLIVE AID全体で見ても、クイーン優勝。
フレディ・マーキュリーのカリスマ性は神がかっている!

でもアメリカ会場だけなら、断然ミックが優勝だ。
正直、アメリカ会場はイギリスに比べて元気がなかったのだが、
ミックの時だけは盛り上がりが全然違う。
ティナ・ターナーとのデュエットも演出に凝っていた。
途中で、ティナの衣装(スカート)をミックがはぎとる、
というハプニングがあるのだ。(もちろん演出だろうが)
ティナのリアクションはくどめのコメディアンみたいで笑える。

ミックの次はLIVE AIDの大とり、ボブ・ディランが登場する。
ボブ・ディランだけは、We are the Worldの中でも別格で、
常にうやうやしく扱われている。
アメリカの音楽界では独特の存在のようだ。
超越の人、ボブ・ディランの脇で、
助さん角さんみたいな立ち位置が、キースとロニー。
3人でフォークギターを持って並んだのだ。
一説には、1人で参加するミックの鼻をあかすため、
一番の大とりに参加するアイデアにノッたとか。
しかし運命とは皮肉なもので、
ボブとその仲間たちは三重苦のハプニングに襲われ、
最悪なステージとなる。

まずは、モニタートラブル。
自分たちの音が聞こえない状態だったので、
演奏がバラバラになってしまったこと。

そして、ボブの弦が切れたこと。
ロニーが自分のギターをボブに差し出す。
こういうところは、気遣いのあるロニーらしくて、
女子としてはきゅんときますね。
ロニーはしばらくはエアギターを弾き、
その後は弦が切れたままのギターを
スライドギター風に弾いて乗り切っていた。

そして、曲の突然の変更があったことも一因。
これはボブが悪い。本番直前にやる曲を変えたのだから。
そのせいで、どこで曲をやめていいのかわからなかったようで、
やけに長々としたエンディングである。

この事件は「俺と仲間」にもくわしく書いてある。
ボブの曲のほとんどをリハーサルしてあったのに、
唯一リハーサルをしなかった「風に吹かれて」をやろう
とボブがいったのは、舞台に向かう階段の上だったそうだ。
ボブ・ディランは相当な変人なのだろう。

大成功したミックとは対称的なキース&ロニーだが、
2人ともかっこよく見えてしまうのはなぜなのか。
このステージに立つほどのミュージシャンなら、
失敗してもかっこいい域に達してるんだろう。

このライブには他にもハプニングがあって、
特にポール・マッカートニーのは有名だ。
曲の前半、マイクがトラブってボーカルが聞こえなかった。
曲はかの有名な「レット・イット・ビー」。
ポールのかわりに会場が大合唱する。
そして、マイクが復活して、突然ポールの声が
聞こえるようになった時の会場の歓声&拍手。
DVDではポールの音声は吹き替えられているので、
なんでここで盛り上がってるんだろう?と疑問に思うのだが、
事情を知ってから見ると納得だ。
これは、生で中継を見ている人にとっては
感動的なシーンだったらしい。

ハプニングには人間性がでる。
修正しないで、そのまま見せてもらいたいものだ。

LIVE AIDのミック&ティナ↓
4:40〜スカートはぎとりシーン

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Mick Jagger in Japan

Mickjapan

Mick Jagger in Japan

88年。
成田空港にはじめて降り立ったミックは
満面の笑みをたたえ、惜しげなく愛想をふりまく。
もっと気難しいモンスターみたいなロッカーが
来ることを覚悟していたのだろう。
皇族のような微笑みを浮かべ、
上品な片言の日本語を話すミックに、
日本での報道も当惑気味だ。

さて、肝心のライブのほうはどうかというと…
これじゃキースが怒るわけだ!
キーズは80年代のミックのソロ活動にはカンカンだった。
殴る寸前までいったらしい。
ソロライブなのに、ストーンズの曲のほうが多いので、
日本公演のギターを頼まれたジェフ・ベックは、
俺はキースのかわりじゃない、と断ったそうだ。
このライブは、バックバンドをとりかえただけの
ストーンズライブ、といってもおかしくないだろう。

思うんだけど、来日が切望されていたストーンズより、
先に1人だけ来日しちゃってごめんね、
というミックの謝罪の表現なんじゃないかな。
バンドメンバーの気持ちよりも、
ファンの気持ちを優先してくれているのだ。
泣けるではないか。

このライブをみて、逆にストーンズの良さが見えてきた。
ボーカルは同じなのに、バックが違う人たちだと、
ちゃきちゃきしていて、元気で、正確だ。
もたることも、走ることもない。
それはそれで素晴らしいことだ。
俺たちはあのミックと演奏してるんだ!
という即席バンドの緊張感なのだろう。

でもストーンズの曲には、うねりや、タメ、が欲しい。
緊張よりも、なれなれしい適当な感じが欲しい。
そして友情が感じられるアイコンタクトも欲しい。
ストーンズの音楽に存在する躍動感は、
キースやロニー、チャーリーにしか出せないんだ、
ってことがこれでよーくわかった。

Tumbling Diceで、ミックが歌い始めを、
1小節間違えてはいるのだが、その時のバンドの対応は必見だ。
一糸乱れず、軍隊のように補正した。
逆に、ミスが目立つほどだ。
ストーンズでミックがミスったところは、
私は未確認だけど、ストーンズバックだと、
こういう補正はどのように行われるのだろうか。
みてみたい。

そしてティナ・ターナーがゲストで、
BrownSugarとIt's Only Rock'n'Rollを歌う。
ゴージャスだ。
本当にこんなのが日本で行われたなんて!
すげーと思った。
85年のライブエイドのデュエットが好評だったので、
引き続いて88年の日本公演も、という流れだったのでは?
ティナがいると、ミックはすごくうれしそうで、
みているこっちまでうれしくなる。
この2人は絶対なんかあるね。うん。

ティナは昔からミックの憧れの人だ。
ティナは、60年代、ストーンズより先に、
アイク&ティナ・ターナーでブレイクしていた。
彼女の踊りをマスターしようと、ミックは熱心に練習をしていたそうだ。
のちに、ティナはストーンズとツアーを共にする。
69年のドキュメンタリー映画「ギミー・シェルター」には、
ティナのライブも収録されている。
このライブはセクシーを通り越していやらしいほどだが、
ミックに通じるものがある。
2人があやしい関係だったと証言する関係者もいる。
ティナの旦那アイクが、浮気を疑って、
ミックの楽屋にどなりこんだ、というエピソードもある。
若い頃のティナはセクシーだから、ミックがほっとくはずはないだろうね。

しかし、東京ドームでのSatisfactionはひどかったなぁ。
「ミック・ジャガーの成功哲学」によると、
日本公演ではミックは緊張のあまり、
コンサート前にもどしていたらしいし。
全体的に本調子ではなかったのだろう。
歌は音程がついていないし、はいりも適当。
それを、らしくない笑顔とステージの移動距離でカバー!
日本で歌えてうれしかったのは確かだろう。
日本公演は興行的にも大成功し、評判も良く、
ミックは自分のソロとしての価値に自信を持ったのだし。

88年、日本はこんなに盛り上がっていたのに、
私にはミックが来たという記憶が全くない。
こんな大事件があったってのに、一体何をやってたんだろ?
あたしのバカ!

↓こんなの見つけた。当時の報道の様子がわかる。

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EUROPEAN TOUR SPECIAL 1973

Europeantour

最ものっていた73年のツアー。
私は73年のストーンズ(のライブ)が一番好きなので、
何でもいいからその頃のストーンズが観たかったのだ。
残念ながら映像は編集されていて、音声とあっていないので、
FRIDAY'Sみたいなアメリカンサイズのバーガー屋のモニターで
流れているのを適当に見ている気分にしかなれなかった。
でも、73年のオランダのプレスとのやりとりが、
編集されずにみれるのはとても貴重だ。

ミック&キース、そしてミック・テイラーがいる。
このインタビューは、ミック・テイラーが
よくしゃべるところがポイントだ。

インタビューがはじまる前に、
キースがマルボロがねぇぞ!と文句をいったり、
チャーリーが欠席することを
本当は気まぐれでこないみたいだけど、
用事があってこないってことにしとこうぜ、と
ミックがいたずらっぽく打ち合わせをしている。

そしてミック・テイラー。
この人がこんなに話すのを初めて見た。
おもしろいことに、ミック・テイラーには冗談が通じない。
まさに、若さゆえの真面目くん。
その一方で慣れた切り返しをするミック&キース。
この対比がおもしろいのだ。

例えば、記者のドラッグ関係の質問で、
「今もぶっ飛んでるみたいに見えますよ」
に対して、ミックはにやにやしながら言う。
「バカ言うなよ。そういうのは、ホリデーにやるんだよ。」
それを脇で聞いていたミック・テイラーが
記者の質問にカリカリして、
「俺たちはヤバいことなんかやってないよ!
 なんか、君(記者)に迷惑がかかるとでもいうのか?」
と喧嘩ごしになる。
そこをミックがやんわりと
「冗談だよ。ドラッグとは無縁さ。
 まぁ、トイレに長くこもっていたとしても、ただの便秘さ。」
とまたまたオシャレにかわす。
ミックは、本当にこういう質問のかわし方がうまい。
それに比べてミック・テイラーの不器用なこと。
ミック・テイラーが変なところで怒って、
他のふたりがフォローにまわる、というパターンが
何度もみられる。

この記者は怖いもの知らずのようで、
ストーンズを怒らせるような質問ばかりする。
一触即発のハラハラインタビューだ。
キースは、
「あなたがもうすぐクスリで死んじゃう有名人リストの
 第1位になったようですが?」に対して失礼だな、と怒り、
「俺は絶好調だ。なんだったらここから出て行こうか?」
と、退出しそうになっているし、
「あんたとこうして話すのも、2回目があると思うなよ。」
ってキースがにらんだ目つき、ちびっちゃうほど怖い。

しかし、3人とも本当に辛抱強く答えてるね!
最後には、プレスが嫌いってわけじゃない、とまで言う。
取材の時はフレンドリーでも記事ではこきおろす、
プレスには二面性があるのさ、とミックは分析する。

それにしても、73年はいろいろあったんだなぁ。
メモリアルな出来事に関するコメントのオンパレードだ。
例えば、この頃は日本公演が中止になった頃だし、
ミックはそのことにかなり怒ってるし、
ワルシャワのライブの客が共産党員ばかりだった事件も
73年にはまだ旬の話題だったようだし、
キースがレゲエに出会った頃でもあるし、
ミックがデビット・ボウイと噂になった頃でもあるし、
ウォーホールやカポーティと交流があった頃でもあるし、
キースの家が火事になったのもこの頃だし、
もちろんドラッグでもめていた頃でもあったし、
どれもこれも貴重で濃いインタビューだ。

この記者、失礼な奴だけど、グッジョブ!

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