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2009年9月

LIVE AID

Liveaid

日本にもやっと浸透してきた80年代ブーム。
そしてビートルズのリマスターブーム。
そのどちらにもひっかからないストーンズ。
ビジネスマン、ミック・ジャガー氏の心中お察しします。

80年代半ばに音楽を聞き始めた私には、
ストーンズの記憶がほとんどない。
でもミック・ジャガーの名だけ知っていた。
これは本当に80年代にストーンズがいなくて、
ミックがちょっといた、という状況が
そのまんま私の知識の偏りに影響しているようだ。

そんな80年代のストーンズの事情が
よくわかるのが、この、85年のLIVE AID。
ミックがソロで出演する一方で、
キースとロニーはボブ・ディランと出演。
ローリング・ストーンズとしてのステージはナシ。
うんうん、この時、喧嘩してたんだもんね、うんうん。

LIVE AIDの成り立ちについては省くが、このライブは
アメリカ会場とイギリス会場から世界中にライブ中継された。
イギリス会場で圧倒的に素晴らしかったのはクイーン。
これはLIVE AID全体で見ても、クイーン優勝。
フレディ・マーキュリーのカリスマ性は神がかっている!

でもアメリカ会場だけなら、断然ミックが優勝だ。
正直、アメリカ会場はイギリスに比べて元気がなかったのだが、
ミックの時だけは盛り上がりが全然違う。
ティナ・ターナーとのデュエットも演出に凝っていた。
途中で、ティナの衣装(スカート)をミックがはぎとる、
というハプニングがあるのだ。(もちろん演出だろうが)
ティナのリアクションはくどめのコメディアンみたいで笑える。

ミックの次はLIVE AIDの大とり、ボブ・ディランが登場する。
ボブ・ディランだけは、We are the Worldの中でも別格で、
常にうやうやしく扱われている。
アメリカの音楽界では独特の存在のようだ。
超越の人、ボブ・ディランの脇で、
助さん角さんみたいな立ち位置が、キースとロニー。
3人でフォークギターを持って並んだのだ。
一説には、1人で参加するミックの鼻をあかすため、
一番の大とりに参加するアイデアにノッたとか。
しかし運命とは皮肉なもので、
ボブとその仲間たちは三重苦のハプニングに襲われ、
最悪なステージとなる。

まずは、モニタートラブル。
自分たちの音が聞こえない状態だったので、
演奏がバラバラになってしまったこと。

そして、ボブの弦が切れたこと。
ロニーが自分のギターをボブに差し出す。
こういうところは、気遣いのあるロニーらしくて、
女子としてはきゅんときますね。
ロニーはしばらくはエアギターを弾き、
その後は弦が切れたままのギターを
スライドギター風に弾いて乗り切っていた。

そして、曲の突然の変更があったことも一因。
これはボブが悪い。本番直前にやる曲を変えたのだから。
そのせいで、どこで曲をやめていいのかわからなかったようで、
やけに長々としたエンディングである。

この事件は「俺と仲間」にもくわしく書いてある。
ボブの曲のほとんどをリハーサルしてあったのに、
唯一リハーサルをしなかった「風に吹かれて」をやろう
とボブがいったのは、舞台に向かう階段の上だったそうだ。
ボブ・ディランは相当な変人なのだろう。

大成功したミックとは対称的なキース&ロニーだが、
2人ともかっこよく見えてしまうのはなぜなのか。
このステージに立つほどのミュージシャンなら、
失敗してもかっこいい域に達してるんだろう。

このライブには他にもハプニングがあって、
特にポール・マッカートニーのは有名だ。
曲の前半、マイクがトラブってボーカルが聞こえなかった。
曲はかの有名な「レット・イット・ビー」。
ポールのかわりに会場が大合唱する。
そして、マイクが復活して、突然ポールの声が
聞こえるようになった時の会場の歓声&拍手。
DVDではポールの音声は吹き替えられているので、
なんでここで盛り上がってるんだろう?と疑問に思うのだが、
事情を知ってから見ると納得だ。
これは、生で中継を見ている人にとっては
感動的なシーンだったらしい。

ハプニングには人間性がでる。
修正しないで、そのまま見せてもらいたいものだ。

LIVE AIDのミック&ティナ↓
4:40〜スカートはぎとりシーン

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Ziggy Stardust and the Spiders from Mars

Ziggy
David Bowie 73年のコンサート。

レンタルで借りて、ソファで油断して観ていたのだが、
コンサートも後半にさしかかったところで、
突然、画面の中のボウイがこういったので、
私は思わず立ち上がった。

This is for Mick.(これをミックに)

いやいや、ミックなんて名前、どこにでもあるだろう。
と、私は、はやる気持ちを押さえた。
そのあと、演奏がはじまったが、何の曲か全くわからない。
なーんだ。私の知ってるミックとは関係なさそうだ。
そもそもボウイの曲は、なんというか時々散漫で、独特で、
さっきから、馴染めないなぁ、と思いつつ観ていたのだ。

しかし、サビになってわかった。
Let's spend the night together.だ!
ストーンズのだ!
それなら"ミック"もあの"ミック"だ。

ボウイがやると、この曲はこうなるのか。
軽くて早い軽快なアレンジ。
このコンサートの流れで聞いても違和感がなく、
ボウイっぽいアレンジに仕上がっている。
元の曲とは似ても似つかないけど、嫌いじゃない。

このコンサートは、ボウイ史のテストでは、
必ずでるだろう重要なコンサートだ。

ボウイには、ジギー時代という黄金時代があり、
宇宙からやってきた架空のスーパースターZiggyに
なりきって音楽活動をしていた頃がある。
そのジギーが消える、解散コンサート、だったらしい。
しかし解散することを、ギターのミック・ロンソン以外の
メンバーは全く知らされておらず。
突然、ステージ上で解散発言をしたので、ラストの曲
「ロックンロールな自殺者」の演奏は、
エンジニアによると、メンバーの動揺のため、
音がガタガタだったらしい。
(この映画はあとで音だけ差し替えたりしているので、
 ガタガタな感じも修正されているのだろう。
 残念ながらわからなかった。)

ボウイとミックの関係は
ミック・ジャガーの真実
という本にかなり詳しく書いてある。
デビット・ボウイは、ミックの4つ下で、
ミックに憧れて、芸名も「デビット・ボウイ」にしたらしい。
「ジャガー」は古語でナイフを意味するそうだが、
「ボウイ」もナイフに関係した単語らしい。
(この説はあくまで、その本によれば、です)

ミックが73年春にボウイの楽屋を訪れたのをきっかけに、
ストーンズのコンサートにボウイを招待するなどして、
お互い好感をもち、すぐにつるむようになったらしい。
まぁ、あとは、ご存知の通り、恋人ではないかと噂がたち、
73年のオランダの報道陣からその手の質問をうけ、
こう答えている。

ミック:ただのいい友達さ。あいつはいい奴だよ。
報道陣:私は(恋人関係が)ありえることだと思っていますよ。
    彼はものすごくセクシーですよね。
ミック:あんたがデヴィットにグッときてるだけだろ。
報道陣:あなたはグッとこないんですか?
ミック:さあね。朝見たら(デビットがノーメイクなので)
    ガッカリするかもよ(笑)

ちょっとミック・ジャガー寄りにレビューしてみたが
この映画では、舞台裏の様子も時々はさんであるので、
曲に馴染みがなくても、架空のジギーに扮している時と、
そうでない時の対比がちょっとおもしろい。
撮影は、ボブ・ディランのドキュメンタリーで有名なペネベイカー。
ペネベイカーのコメンタリーはたっぷり聞ける。
(この人、コメンタリーでおしゃべりするのが好きらしい)

探せばあるもんですね。
ボウイのLet's Spend the Night Together(0:39〜)↓

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Mick Jagger in Japan

Mickjapan

Mick Jagger in Japan

88年。
成田空港にはじめて降り立ったミックは
満面の笑みをたたえ、惜しげなく愛想をふりまく。
もっと気難しいモンスターみたいなロッカーが
来ることを覚悟していたのだろう。
皇族のような微笑みを浮かべ、
上品な片言の日本語を話すミックに、
日本での報道も当惑気味だ。

さて、肝心のライブのほうはどうかというと…
これじゃキースが怒るわけだ!
キーズは80年代のミックのソロ活動にはカンカンだった。
殴る寸前までいったらしい。
ソロライブなのに、ストーンズの曲のほうが多いので、
日本公演のギターを頼まれたジェフ・ベックは、
俺はキースのかわりじゃない、と断ったそうだ。
このライブは、バックバンドをとりかえただけの
ストーンズライブ、といってもおかしくないだろう。

思うんだけど、来日が切望されていたストーンズより、
先に1人だけ来日しちゃってごめんね、
というミックの謝罪の表現なんじゃないかな。
バンドメンバーの気持ちよりも、
ファンの気持ちを優先してくれているのだ。
泣けるではないか。

このライブをみて、逆にストーンズの良さが見えてきた。
ボーカルは同じなのに、バックが違う人たちだと、
ちゃきちゃきしていて、元気で、正確だ。
もたることも、走ることもない。
それはそれで素晴らしいことだ。
俺たちはあのミックと演奏してるんだ!
という即席バンドの緊張感なのだろう。

でもストーンズの曲には、うねりや、タメ、が欲しい。
緊張よりも、なれなれしい適当な感じが欲しい。
そして友情が感じられるアイコンタクトも欲しい。
ストーンズの音楽に存在する躍動感は、
キースやロニー、チャーリーにしか出せないんだ、
ってことがこれでよーくわかった。

Tumbling Diceで、ミックが歌い始めを、
1小節間違えてはいるのだが、その時のバンドの対応は必見だ。
一糸乱れず、軍隊のように補正した。
逆に、ミスが目立つほどだ。
ストーンズでミックがミスったところは、
私は未確認だけど、ストーンズバックだと、
こういう補正はどのように行われるのだろうか。
みてみたい。

そしてティナ・ターナーがゲストで、
BrownSugarとIt's Only Rock'n'Rollを歌う。
ゴージャスだ。
本当にこんなのが日本で行われたなんて!
すげーと思った。
85年のライブエイドのデュエットが好評だったので、
引き続いて88年の日本公演も、という流れだったのでは?
ティナがいると、ミックはすごくうれしそうで、
みているこっちまでうれしくなる。
この2人は絶対なんかあるね。うん。

ティナは昔からミックの憧れの人だ。
ティナは、60年代、ストーンズより先に、
アイク&ティナ・ターナーでブレイクしていた。
彼女の踊りをマスターしようと、ミックは熱心に練習をしていたそうだ。
のちに、ティナはストーンズとツアーを共にする。
69年のドキュメンタリー映画「ギミー・シェルター」には、
ティナのライブも収録されている。
このライブはセクシーを通り越していやらしいほどだが、
ミックに通じるものがある。
2人があやしい関係だったと証言する関係者もいる。
ティナの旦那アイクが、浮気を疑って、
ミックの楽屋にどなりこんだ、というエピソードもある。
若い頃のティナはセクシーだから、ミックがほっとくはずはないだろうね。

しかし、東京ドームでのSatisfactionはひどかったなぁ。
「ミック・ジャガーの成功哲学」によると、
日本公演ではミックは緊張のあまり、
コンサート前にもどしていたらしいし。
全体的に本調子ではなかったのだろう。
歌は音程がついていないし、はいりも適当。
それを、らしくない笑顔とステージの移動距離でカバー!
日本で歌えてうれしかったのは確かだろう。
日本公演は興行的にも大成功し、評判も良く、
ミックは自分のソロとしての価値に自信を持ったのだし。

88年、日本はこんなに盛り上がっていたのに、
私にはミックが来たという記憶が全くない。
こんな大事件があったってのに、一体何をやってたんだろ?
あたしのバカ!

↓こんなの見つけた。当時の報道の様子がわかる。

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EUROPEAN TOUR SPECIAL 1973

Europeantour

最ものっていた73年のツアー。
私は73年のストーンズ(のライブ)が一番好きなので、
何でもいいからその頃のストーンズが観たかったのだ。
残念ながら映像は編集されていて、音声とあっていないので、
FRIDAY'Sみたいなアメリカンサイズのバーガー屋のモニターで
流れているのを適当に見ている気分にしかなれなかった。
でも、73年のオランダのプレスとのやりとりが、
編集されずにみれるのはとても貴重だ。

ミック&キース、そしてミック・テイラーがいる。
このインタビューは、ミック・テイラーが
よくしゃべるところがポイントだ。

インタビューがはじまる前に、
キースがマルボロがねぇぞ!と文句をいったり、
チャーリーが欠席することを
本当は気まぐれでこないみたいだけど、
用事があってこないってことにしとこうぜ、と
ミックがいたずらっぽく打ち合わせをしている。

そしてミック・テイラー。
この人がこんなに話すのを初めて見た。
おもしろいことに、ミック・テイラーには冗談が通じない。
まさに、若さゆえの真面目くん。
その一方で慣れた切り返しをするミック&キース。
この対比がおもしろいのだ。

例えば、記者のドラッグ関係の質問で、
「今もぶっ飛んでるみたいに見えますよ」
に対して、ミックはにやにやしながら言う。
「バカ言うなよ。そういうのは、ホリデーにやるんだよ。」
それを脇で聞いていたミック・テイラーが
記者の質問にカリカリして、
「俺たちはヤバいことなんかやってないよ!
 なんか、君(記者)に迷惑がかかるとでもいうのか?」
と喧嘩ごしになる。
そこをミックがやんわりと
「冗談だよ。ドラッグとは無縁さ。
 まぁ、トイレに長くこもっていたとしても、ただの便秘さ。」
とまたまたオシャレにかわす。
ミックは、本当にこういう質問のかわし方がうまい。
それに比べてミック・テイラーの不器用なこと。
ミック・テイラーが変なところで怒って、
他のふたりがフォローにまわる、というパターンが
何度もみられる。

この記者は怖いもの知らずのようで、
ストーンズを怒らせるような質問ばかりする。
一触即発のハラハラインタビューだ。
キースは、
「あなたがもうすぐクスリで死んじゃう有名人リストの
 第1位になったようですが?」に対して失礼だな、と怒り、
「俺は絶好調だ。なんだったらここから出て行こうか?」
と、退出しそうになっているし、
「あんたとこうして話すのも、2回目があると思うなよ。」
ってキースがにらんだ目つき、ちびっちゃうほど怖い。

しかし、3人とも本当に辛抱強く答えてるね!
最後には、プレスが嫌いってわけじゃない、とまで言う。
取材の時はフレンドリーでも記事ではこきおろす、
プレスには二面性があるのさ、とミックは分析する。

それにしても、73年はいろいろあったんだなぁ。
メモリアルな出来事に関するコメントのオンパレードだ。
例えば、この頃は日本公演が中止になった頃だし、
ミックはそのことにかなり怒ってるし、
ワルシャワのライブの客が共産党員ばかりだった事件も
73年にはまだ旬の話題だったようだし、
キースがレゲエに出会った頃でもあるし、
ミックがデビット・ボウイと噂になった頃でもあるし、
ウォーホールやカポーティと交流があった頃でもあるし、
キースの家が火事になったのもこの頃だし、
もちろんドラッグでもめていた頃でもあったし、
どれもこれも貴重で濃いインタビューだ。

この記者、失礼な奴だけど、グッジョブ!

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